おはようございます。
今朝も0420に目覚めました。どうも最近この時間が定着したようです。
さすがに昼間は気を弛めると眠くなり気を許す会議は厳禁です。
昨日は高円寺に行きました。
高円寺は私にとって想い出深い地です。
正確には昭和58年12月8日三波さんが亡くなり翌年?の忘年会の日、元赤坂の事務所が火事で内部が丸焼けになった年だから昭和59年の暮れでしょうか?当時、出版もやっており素人の私が編集者みたいなことを兼務、本も売れる筈はなく、それでも思い付きと付き合いで推理小説も出版していました。
当然、在庫の山で倉庫代わりに高円寺のガード横、ダンス教室の横を借りていました。
その倉庫を火事で焼け出されリフォーム使用することとなり大掃除、倉庫の大家さんが工務店だったこともあり突貫工事でリフォーム。
急場を私の住んでいた経堂の自宅を連絡場所にしたこともありました。
倉庫のリフォーム中から高円寺で仕事を再開、各関係者から火事見舞い最初に新聞「伊東四朗さんの事務所火事!」報に三島由紀夫研究会のS氏が見舞いに来てくれたのは当時どんな事務所だったか?想像出来ると思います。
通常の芸能プロダクション業務が始まり夜は近くの焼鳥屋で火事の原因、勝手な犯人探し何故か?近くの赤坂警察署が重要と思われる物証や話に乗って来なかった記憶があります。
漸く元赤坂の事務所がリフォームなった後、戻れると思ったのですが私一人、社長に高円寺の寿司屋で「高円寺に残り、新事業をやるよう」に言われました。
私の言動、行動が芸能プロダクション業務には合わないと判断されたようです。
それからの二年間は面白おかしく「蟄居?」だと言う者もいました。
その二年間、ある時は日本一の印刷工になるように言われ、それも半端じゃなく一階を新たに借りオフセット印刷機のハイデンブルグ?、写植機、画期的特殊な紙型の製版機、裁断機も中古で備え、それらを動かすために鎌倉(当時の自宅)から0800始業の山吹町のF印刷所まで修行に行くこと半年?
年賀状の印刷、タレントのポスターetc.完成度は酷いものでしたが全て自前でやりました。
当時、大学時代ラグビーの試合もやったT印刷の若社長が紙の手配から商売敵(認められる筈なく単なる同情か?)なのに親身に教えてくれたことを感謝と共に思い出します。
当時ニセ札事件でマークされたことがあり警察も来ましたが、設備と私を診て、安心したのか?それっきりになりました。
爪の中までインクにまみれて選挙活動用のビラも印刷しました。全て遠い昔の思い出です。
本日の菜根譚は「静座と観心」です。
読み下し文から「夜深ク人静カナルトキ、独リ座シテ心ヲ観ズレバ、始メテ妄窮マリテ真独リ露ルヲ覚ユ。毎ニ此ノ中ニ於イテ大機趣ヲ得ン。既ニ真現ワレテ妄逃レ難キヲ覚ユレバ、マタ此ノ中ニ於イテ大(ザン)忸ヲ得ン。」
口語訳は「夜が更けて人声もなく物静かな時に、ただ独り静座して自分の心を観照すると、はじめていろいろな邪念や妄想が消え去って、本来純粋清浄な真心が現れてくるのが自覚される。
人は常にこのような境地において、応用自在なはたらきができる。
既に真心が現れても、完全に邪念や妄想を取り除き難いことを思えば、ここにおいて、また大いに慚愧の心が生じて、更に本心の究明に精進するのである。」です。
思い出すこと多く、いろんな回り道をして来ましたが、それが全て今後の人生にプラスになるように頑張って生きます。
本日の母港1422RF『夏木ゆたかのホッと歌謡曲』(月曜日〜金曜日、1500〜1750)の放送予定です。
青戸健が15周年でこん身の生ウタ熱唱!▽演歌ランキングです。
本日の天気は曇りそろそろ梅雨入りの気配です。午前中、東大→帝京大に異動したSDr.を追って始めての病院に行って来ます。
本日も頑張って行きましょう。
演歌な心が日本を救う!演歌検定(HP)4級実施中。
